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日本舞踊のページ

                                                  日本舞踊への想い
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踊りへの想い


私が日本舞踊と出会ったのは中学一年生のときでした。

母の友人が「一緒に踊りを習わない?」と母を誘ってくれたのが始まりです。

大家族の主婦だった母はひとりでは出にくかったらしく、長女である私を連
れてお稽古に通い始めました。

最初はわけもわからず通っていましたが、中学3年生のとき、地元での大き
な発表会に衣装&鬘をつけて出られることになりました。

そのころからでしょうか。自分から「やりたい」と思うようになったのは。
年に一度、東京の先生が佐渡に来てくださるときもお稽古をつけていただけ
るようになりました。

そして高校卒業の春、先生に連れられて名取りの試験に上京!

緊張したなんてもんじゃありませんでした。
(今でも「大勢の方が並んでいらっしゃった」ということくらいしか覚えていま
せん)

それでもなんとか合格でき、ほっとしました。
(きっと先生の方が心配されていたことだろうと思います)

高校卒業した年に、たまたま地元での発表会に出るため(その頃私は東京
に就職していました)東京の先生に教えていただけることになったときは本当
に嬉しかったです。夢かと思いました。

しかし、お稽古に通うようになりはしたものの、なにしろ回りは小さな時から
踊られているキャリアたっぷりのお弟子さんばかり。

田舎からポッと入ったばかりの私にはとても敷居が高く感じられ、玄関で行
きつ戻りつすることもしばしば・・・毎回、勇気を振り絞って入っておりました。

それでも、地元の先生のお嬢さんも内弟子として入られていたこともあって、
数ヶ月経つうちに、他のみなさんともお話できるようになり(皆さん、とても気
さくな方ばかりでした・・)おうちに遊びに行かせて頂いたりもするようになりま
した。会社勤めとお稽古の両立にも慣れ、お稽古が楽しみでしたね。

東京の先生のお稽古場は本当に広くて、今でもため息ものです。

4年ほどお世話になり地元に戻ることになりましたが、この4年間は私にとって
とても有意義な時間だったと思っています。

生活するのに大変なときもありましたが、それでも好きなことをやるためには
なんでも頑張れるものだということがわかりました。

この4年間がなかったら、今私は踊りをやっていなかったことでしょう。

その後、縁があり地元で結婚(夫は同級生です)。

すぐ子供ができ、育児のため踊りはずっとお休みしてました。

そして、末っ子が来年小学校に上がるという冬、東京の先生が数年ぶりに
佐渡へお稽古に来てくださったのをきっかけに再開☆

タイミングのよさというのもあったと思います。

その年、小さな発表会で踊ったのがきっかけとなり、なんとお弟子さんが来て
くださるようになりました!(まさに晴天の霹靂!)

ものすごく嬉しかったです。
これでまた一歩、踊りの世界に踏み込めたような気がしました。

気負わず楽しみながら、これからも踊りは続けていきたい・・・
と心から思っています。



             




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